釜ヶ崎と女子大生。

釜ヶ崎と女子大生。

現役女子大学院生が、大阪西成区にあるディープな街「釜ヶ崎」で見聞きしたこと、感じたことを書いてゆきます。

#14. 私が通い続けているカレー屋さんの話

新学期でバタバタしていたが、ようやく落ち着いてきたので久しぶりに更新する。

世の中がGWを迎えてオープンな雰囲気になっている中、京都から京阪電車に揺られて大阪にやってきた。地下鉄に乗り換え、動物園前駅に降りて釜ヶ崎の街を久しぶりに歩くとテンションが上がる。ついこの前まで底冷えしていた街も、すっかり暖かくなって新緑の季節になっていた。

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愛してやまない釜ヶ崎のカレー屋さん

今日は私が釜ヶ崎に来たら必ず寄るお店について紹介したい。その名も、薬味堂釜ヶ崎のど真ん中に位置する、カレー屋さんだ。日本一ディープな場所にあるカレー専門店と言って過言は無いだろう。今日の記事は少し宣伝みたいになってしまうが、私がどうしても皆に伝えたい大好きなお店なのだ。

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薬味堂は30代のマスターが一人で切り盛りしている。釜ヶ崎のど真ん中にあるにも関わらず、入った瞬間に京都の三条河原町のようなお洒落な雰囲気が広がっているのだ。去年の夏、釜ヶ崎に通い始めた頃に、知人に紹介してもらったのだが『こんなお洒落な店が釜ヶ崎にあるなんて!!!』と、ひどく感動したのをよく覚えている。

薬味堂さんの愛すべきポイント

薬味堂さんの愛すべきポイントは、この3つ!

① マスターが優しくて面白い! 

② カレーが安くて美味しい!

③ 店内がお洒落で落ち着く!

 以下では、この3項目でつらつらと書いてゆきたい。

その1  いつも笑わせてくれるマスター

こちらが薬味堂のマスター、高島さん。ざっくり紹介すると、高島さんは釜ヶ崎に生まれ、関西の有名私大を卒業してから企業に務めた後、2014年にこの場所でお店をオープンした。海外経験豊富なので、英語はペラッペラだ。外国人観光客が来ても、余裕で楽しく会話ができちゃう姿はカッコイイ。しかも彼の人生は波乱万丈すぎて、話すネタには事欠かない。

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最初に私が来店した時には、「これが大阪人の面白さか!!!」と衝撃を受けるくらい爆笑させてもらった。今も店に行く度に爆笑させて貰っている。控えめな人が多い新潟県民としては、話の上手さにはビックリした。(高島さんを知る大阪の方も、「あの人は面白い!」と言うほど定評があると思う。)

年末年始の越冬闘争の記事#12. 越冬闘争5日目~釜ヶ崎の年越し~ - 釜ヶ崎と女子大生。にも書いたが、私が越冬闘争に通っていた最中に、このブログが更新できるようにと店の2階にあるコタツとWifiを貸してくれたのも高島さんのご厚意だ。その他、釜ヶ崎に通い始めたばかりの私に、釜ヶ崎に生きる住民としての目線を教えてくれたのもこのマスターに他ならない。私にとっては、面白くて頼れるお兄さん的存在なのだ。

その2  安くて美味しいカレー

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薬味堂に通うのは、お世話になっているマスターに会いたいだけではなく、ここのカレーが無性に食べたくなるのも理由の一つ。ほど良い辛さで、クセになる味。しかも使っている牛すじは、こだわりの国産だ。お洒落な店内とは裏腹に、出てくるカレーはお手頃価格なので嬉しい。カレーは主に2種類で、メニューは以下の3つだ。(価格は税込みです。)

・ベジカリー(野菜のカレー)500円

・どてカリー (国産牛すじのカレー)600円

・あいがけカリー (ベジと牛すじが両方食べられる)700円

ちなみに、この日私が食べたのは、ベジカリー。初めて行く人は、2種類味わうことができる「あいがけカリー」がお薦めだ。

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(ベジカリー。これがワンコインで食べられるから驚き。)

薬味堂さんに行くと12時台は混んでいて、昼の営業が終わる頃にはご飯またはカレーが売り切れ状態になっている場合も結構ある。薬味堂さんが繁盛してくれるのは私も嬉しい。マスターと話したい!という人は、夜の営業か空いている時間帯を狙って行くことをお薦めする。

その3  お洒落で落ち着く店内

外観からは分からないかもしれないが、店内は実はこぢんまりとしている。店内はカウンター席のみ、座席は全部で6席くらいだろうか・・・・。

釜ヶ崎に通い始めた頃は、今よりも土地勘も無くて街を歩くのにかなり緊張していた。同年代が少ないことを心細く思うことはあるが、こうして「ほっとできる空間が釜ヶ崎にある!」ということを知ってからは、ここに通うこと自体がとても気楽になったと思う。

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このカウンターに座っていると、後ろに置いてあるスピーカーからマスターの選んだ洋楽が流れてくる。洋楽を聴きつつ、マスターと談笑しているとおもむろに人が来店してくる。これまで沢山の人たちと、お店で出会うことができた。常連さん、学生、外国人旅行客、釜ヶ崎のおっちゃん達、アーティスト・・・立ち寄った人たちと自然に話せたのも、アットホームな雰囲気とマスターの明るい人柄のおかげかなと思う。

いつもお世話になっている薬味堂さんの紹介(と私の溢れんばかりの感謝)はこのくらいで留めておこう。なんだか今日もお店に行きたくなってしまった。

薬味堂さんは不定休なので、もし行きたいな~と思う人はFacebookのページで営業の有無を確認するのがお薦めです。

薬味堂Facebook page: 

https://www.facebook.com/yakumido.curry/?fref=ts

薬味堂HP:

カリー屋 薬味堂 大阪西成 yakumido.com

#13. 越冬闘争を終えて~エピローグ~

この一ヶ月はバタバタしていたが、新潟の実家に数日間帰省していた。私の実家は新潟の限界集落で、物凄くアクセスが悪い。どれくらい田舎かというと、時々車庫にキジが激突して死んでいるくらい田舎だ。

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(写真出典:キジ - Wikipedia

ちなみにキジはこんな感じだ。流石に鶏くらいの大きさはあるので、死んでいると結構ビビる。なお、死んだキジはキジ鍋にして美味しく頂く・・・ような粗野な真似は我が家ではしていない。

こんな田舎に帰省したのには、理由がある。このブログを読んでくれている方はご存知の通り、今年の年末年始は釜ヶ崎に連日通い、帰省しなかったからだ。

越冬闘争の時に、あるおっちゃんと話していると『あんた、正月は実家に帰らないのかい?帰れる場所があるなら、帰ってやんな。』と言われた。少し切なそうに言われて、ぐっと胸にくるものがあった。そうか、ここにいる人達は帰る場所なんて無いんだ。春休みになったら、実家に帰ろう・・・・そう思った。

そうして少しばかりの帰省を終えて、改めて越冬闘争を経て思ったことや気づいたことを書いてみたいと思う。

人間のプライド

越冬闘争期間中、色々な人に話しかけた。無視する人、喜んで話してくれる人、恥ずかしがる人・・・皆個性的で、話しかける度に緊張したし、心が折れそうになることもあった。基本的に私はメンタルが強く無いので、怒鳴られたりするとすぐ凹む。それでも話しかけていくと、沢山語ってくれる人たちに、共通して登場する言葉があることに気がついた。

それは、『釜ヶ崎で、俺のことを知らん奴はおらん。』という言葉だ。最初は「へぇ~、そんなに有名人なんだぁ。」と素直に捉えていたのだが、それが複数人から言われるようになると疑問に思えてきた。実際、そういう発言をした人を他の人に尋ねると全然知らなかったりする。

この他、釜ヶ崎のおっちゃんで多いなと思ったのが経歴詐称だ。つまり、自分の過去を何倍にも盛って人に語るのだ。そのまま受け取ると「なんでここにいるの?」と思えるような、華々しい経歴の持ち主に時折遭遇する。(噂によると、自称「ボクシング二段」のおっちゃんもいるらしい。黒帯ですね。)反対に、過去の認めたくない経歴を隠すこともある。実際に、越冬闘争では40歳前後の自称「活動家」の男性に出会ったが、その人の経歴も華々しいものだった。その後、他の人と彼について話すことがあったが、相手曰くその人物は以前三角公園近くでホームレスをしていたらしい。当の本人がホームレスだったことを言うはずも無いが、非常に驚いたことをよく覚えている。

この「釜ヶ崎での知名度」と「やたらと凄い経歴」の二つが気になって、釜ヶ崎で活動している先輩や地域住民の人に聞いてみた。すると、『あぁ、その二つは皆言うことや。経歴も、嘘っぱちやで。』という衝撃的な答えが返ってきた。小さな嘘が、嘘を呼んで、いつの間にか嘘で固められた経歴になっている・・・そんな人も多くいるそうだ。

(だからこそ、元旦に出会った男性(越冬闘争3日目の記事)が、私に嘘をついていないことを、写真や通帳を見せて証明しようとしたことも納得がいった。嘘が多い街だからこそ、嘘をついていないことが彼の誇りになっていたのかもしれない。)

生きるための嘘

私は釜ヶ崎に通う前は、長年釜ヶ崎で暮らす日雇い労働者の人は自分の仕事にプライドを持ち、外から生活保護を求めて流れ着く人は様々なプライドを捨てているのではないかと勝手に想像していた。しかし、実際はそうでは無かった。釜ヶ崎知名度があると信じ、経歴を盛ることによって過去を美化し、自分の自尊心を固く守り続けたい人が沢山いるのだ。人は、ずっとずっとプライドを捨てずにいる。そんな単純なことが、釜ヶ崎に入って初めて分かった。

そして、私はこれが釜ヶ崎のおっちゃんに特有のものだとは思わない。例えば、こんな就活生の話を聞いたことがある。彼は東京の私大に進み、自堕落な生活を送っていた。そうして就職活動の時期になると、企業へ送るエントリーシートに全く虚偽の「学生時代に頑張ったエピソード」を書き、その様子を細部まで想像して「第二の記憶」を構築したのだそうだ。面接でエピソードを聞かれても、丹念に作り込んだ想像からボロが出ることは無い。そうして面接もうまくいき、地元の有力企業に無事内定したらしい。

こういう就活生が一定数いることは知っているが、この学生たちと釜ヶ崎のおっちゃんは同じことをしているのではないだろうか。嘘をつき続けると、次第にその嘘が本人にとっての真実になる・・・そんな感覚が両者ともにあるのではないか。人間としての尊厳を保つために、自分の中で少しずつ嘘を育ててゆく。私自身も、心のどこかで嘘を育てているところが無いと言い切れるか?という自問自答をせずにはいられなかった。

釜ヶ崎と介護

越冬闘争に参加して、気になった点をもう一つ書いておきたい。それは、越冬闘争に関わるベテランの方が口を揃えて『今年は炊き出しに並ぶ人が少ない。』と言っていたことだ。1日目だけではなく、全体を通じて人が少ないと皆言っていたのをよく覚えている。途中で、ごく当たり前のことにハッと気がついた。三角公園まで炊き出しを貰いに来るには、立って歩かなければならないじゃないか

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(写真:三角公園にて炊き出しを食べる人たち)

つまり、高齢化があまりにも進み、歩いて炊き出し会場まで来れない人が急増しているのではないか。実際、釜ヶ崎周辺を歩くと、介護事業所の数の多さに驚く。そう考えると、釜ヶ崎の無数にあるアパート(元ドヤ)の一体何室に、まともに立って歩けない高齢者がいるのだろうか。想像するだけで、鳥肌が立った。釜ヶ崎は、要介護者数が激増するであろう数十年後の日本を先取りしているのではないか。この件については、詳しい介護事業者数や、被介護者数などを今後調べて、改めてブログで書きたいと思う。

最後に

以上が、今回の越冬闘争で感じたことや考えたことです。まだまだ考えることは多いですが、少しだけ書いてみました。今回釜ヶ崎の越冬闘争に参加するにあたり、色々な方にご心配をおかけし、かつ応援していただきました。心配させてしまってすみません、そして応援ありがとうございました。この場をお借りして、御礼申し上げます。

余談ですが、このブログの総アクセス数が1万を超えました。(今は1万2千pvくらいでしょうか。)いつも淡々とした口調で書いている私ですが、流石にわーいv(*´∀`*)vとなりました。いつも見てくださっている方、ありがとうございます。とは言うものの、アクセス数は基本的に気にせずに今後も真摯に更新してゆきますので、引き続きよろしくお願いします^^)