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釜ヶ崎と女子大生。

現役女子大学院生が、大阪西成区にあるディープな街「釜ヶ崎」で見聞きしたこと、感じたことを書いてゆきます。

#3. 釜ヶ崎との出会い①

釜ヶ崎

今日も昨日も釜ヶ崎に行っている私だが、特に「釜ヶ崎で貧しい人を救いたい!」という崇高な意識を持って関わり始めたわけではない。むしろ個人的には、一般的に言われるところの「援助」や「支援」というものに懐疑的だったりする。

それでは、どうして釜ヶ崎に通うようになったのか。その最初のきっかけについて、書いてゆきたいと思う。

大学生M君との出会い

私と釜ヶ崎の出会いは、M君という大学生を抜きに語ることはできない。

時は遡ること10ヶ月前の、2016年2月。当時のM君は関西の有名私立大学の卒業を控え、既に某大企業に内定していた。彼は在学中は企業と連携して学生向けイベントを主催したりと精力的に活動していた。育ちの良い雰囲気がする、スラリと背の高い青年だ。確か私より3才ほど年下だったと思う。

彼とは大学も違うし、それまで1度しか話したことが無かったが、関西を離れて東京に行く日が近かったこともあり、せっかくなので夕食を一緒に食べることになった。色々な話をする中で、京都以外の地域や、大学生や社会人以外のコミュニティとの関わりが少ないことが話題になり「じゃあ、一緒に社会見学に行こう」という流れになった。どの場所に行くかは、彼にお任せした。

すると数日後、M君からメッセージがきた。

「先日はありがとうございました。フィールドワークの件ですけど、釜ヶ崎に行ってみたいと思います。どうでしょうか?」

・・・・釜ヶ崎名前は聞いたことがあるが、どこだろうか。関西圏出身でない私にはピンと来なく、色々ネットでも調べてみた。どうやら公園で日雇い労働者向けの炊き出しを毎日しているらしく、その炊き出しを見に行くことにした。

初めて釜ヶ崎の地へ

2016年3月4日、午前11時からの炊き出しに合わせて、9時半頃に天王寺駅に集合した。その日はとても寒く、底冷えするような天気だった。2人で寒がりながらスマホの地図を見つつ駅から阿倍野区の団地を超えると、古びた商店街が見えてきた。なんの音楽もかかっていない、ひどく殺風景な商店街だ。その商店街の隣まで歩いてゆくと、不思議な街が広がっていた。飛田新地だ。

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写真引用元:Wikipedia (飛田遊廓 - Wikipedia)

飛田新地って何?という人は、ネットで調べてみてもらいたい。)ここでの説明は省くが、要するに昔の遊郭をイメージしてもらえれば良いと思う。平日の午前中はほとんど閉店しているので、二人で歩くことにした。

しばらく歩いていると、20メートルほど向こう側から観光客と思われる若い男性4人が歩いてきた。やはり興味がある人はいるのか・・・と思っていると、すれ違う時に好奇の目でチラ見された。と言うより、ガッツリ見られた。お店の女の子だと思われたのだろうか・・・・。普通の街では、若い女性がいただけで好奇の目に晒されることなど無いはずなのに。それだけ特殊な街なのだ、と悟った。

飛田新地を早めに出た私たちは、釜ヶ崎の方へと足を進めた。そうすると、いくつかのことに気づく。まず、商店街の店がやたらと古い。民家は生活感があるのに表札がかかってない家もある。そば屋やうどん屋が多く、パチンコ屋も目立つ。スーパーには大量の総菜とパックされたご飯が並び、店の中も外も高齢の男性ばかりだ。釜ヶ崎の中心に進むにつれて、空気がよどみ、重く肩にのしかかってくる気がした・・・。

ついに釜ヶ崎の炊き出しの公園へ

商店街の雰囲気に完全に飲まれた私たちは、ようやく炊き出しが行われる四角公園に近づいた。商店街から横の道に外れると、そこに異様な存在感を放つ西成警察署があった。

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釜ヶ崎の街の中心にあり、辺りを見下ろす西成警察署は、さながらRPGに出てくる塔のように聳えていた。出入り口には、長い木の棒を持った番人(警察官)が仁王立ちしている。警察署って常時人が出入口に立ってるものだっけ?と思っていると、そのすぐ横に長蛇の列があることに気が付いた。炊き出しの列だ!

炊き出しの列は、西成警察署を囲むように、警察署と隣り合わせの公園に続いていた。ざっと200~300人だろうか・・・。並ぶ人々は、ほぼ全て高齢の男性だった。

f:id:kamakyou:20161204153243j:plain炊き出しを待つ彼らの横を、ヒールの音を立てて歩くことが非常に申し訳ない・・・そんな気持ちになっていた。そもそも、人々の生活がある街なのに、「フィールドワーク」や「社会見学」などと言って、入ってゆくこと自体がとても失礼なのだと痛感した。ただそこに街がある、だから散歩にきた・・・・そのくらいの心持ちで歩こうと思った。この釜ヶ崎に、完全なる異分子として紛れ込んだ私たちは、まるで森にさまよい込んだ迷子だった。この時ばかりは、M君という男性と一緒に来て本当に良かったと思った。

(後でM君から聞いた話だが、炊き出しを貰った高齢の女性が道端で座り込んで、汁物を手掴みで食べていたことに、彼は非常にショックを受けたらしい。)

そして、公園を過ぎると、こんなポスターに出くわした。

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・・・結核?? 結核って、遠い昔の病気じゃないのか?現代にもあるのか?なんで36人も死んでいるんだ??と、何がなんだか一瞬分からなくなった。

そうか、低賃金で働き、国民健康保険料を納められず病院に行けない人がいるんだ。だから歯科にも行けず、虫歯率が上昇し、歯が無くても食べやすいうどん屋やそば屋が増える。(そもそも病院よりも、賃金をパチンコに使いたい人も多くいるだろう。)そして日雇い労働者はドヤ暮らしで、宿には台所が無くて自炊できないから、スーパーでも総菜が多く売れるのではないか・・・・・。その日見てきたことが全て繋がった瞬間だった。

私とM君は、複雑な想いを抱いたまま、帰路につこうと商店街に戻って歩き始めた。すると、そこで今後の私の運命を大きく変える、全く予期しない出会いが待っていたのである。

次回、釜ヶ崎との出会い②に続きます。