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釜ヶ崎と女子大生。

現役女子大学院生が、大阪西成区にあるディープな街「釜ヶ崎」で見聞きしたこと、感じたことを書いてゆきます。

#4. 釜ヶ崎との出会い②

釜ヶ崎

前の記事(#3. 釜ヶ崎との出会い①)の続き。

卒業を目前に控えた大学生M君と初めて釜ヶ崎に行った私は、公園の炊き出しの様子を見た後に、帰路につこうと商店街を歩いていた。

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そうすると、突然右斜め後ろから声をかけられた。

「Youは中国人?Youは何しに日本へ??」

・・・・・え??

振り返るとそこには、べろんべろんに酔っぱらった60代くらいのおっちゃんが一人で立っていた。お昼前だったが、頬は赤くなっていて、ご機嫌の様子だ。

最初M君に話しかけたのかと思ったが、どうやら私に話しかけたようだった。「いえ、違いますよ。」と普通に返そうかとも思ったが、ここは大阪。ノリよく行かねばならない!という謎の責任感から、「Meはね、新潟県民だよ~!!」と返した。個人的には会心のレスポンスだったのだが、おっちゃんは驚いて一瞬固まっていた。

私のナイスな返答を気に入ってくれたのか、ただ単に話し相手が欲しかったのかは分からないが、おっちゃんは話そうと思ってくれたようだった。しかし何気ないやり取りも束の間、おっちゃんは猛烈に語り出した。

突然、語り始めたおっちゃん

おっちゃん『あんたらな、ここを犯罪者の街だと思って来たかもしれん。でもな、俺みたいに頑張って働いて食べている人間もいるって分かってくれ。夜勤明けで、これから寝るんや。だから寝る前に飲んでこんなに酔ってるんや、ごめんな。』

私「夜勤明けって、どこかでお勤めなんですか?」

『お勤めって、そんな風に言えたもんじゃない。土方や。ここから数駅離れたところの、工事現場だ。ほんでな、工事が終わって電車に乗って帰るとな、皆汚い恰好のわしらを嫌そうに見るんや。でも、仕方が無いんや、他に方法が無いんや。』

おっちゃんは、切実に、私たち二人に訴えかけてきた。今思えば、私の無知さゆえに、なんて失礼で子どもじみた質問しかできなかったんだろうと悔やまれる。しかしおっちゃんは、目に涙を溜めながら、やりきれなさ、辛さ、苦悩に満ちた人生を語り出した。

『こんな俺でもな、昔は自衛隊でそこそこのところまでいったんや。女房も子どももいてな、でも愛想つかされて出て行かれた。女房は子どもを連れて、実家のある鹿児島に帰った。わしももう少ししたら、自衛隊から金が出る。そうしたら、その金で鹿児島に帰りたいなぁ。鹿児島にいる兄弟と子どもに会いたいなぁ・・・。お嬢さん、あんたどことなくわしの子どもに面影が似てるな。あぁ、あんた綺麗な目をしてるなぁ、素敵な方やなぁ。』

そう言うと、急に近くを歩いている知り合いと思われる人を呼び止めて

『おい、高橋さん。見てくれ、この人の目を。素敵な方だぞ。』

高橋さん、と呼ばれた男性は笑って手を振り、近づいてこようとはしなかった。彼はその後10メートル以上は離れたところで、この立ち話が終わるのを待っていた。(M君はこの距離のとり方が、印象的だったらしい。)高橋さんは、おそらく一緒に飲もうと集合した友人だったのだろう。

このとき、私はおっちゃんに目を褒められて、感激で体がぶわーーーっと熱くなるのを感じた。ここ釜ヶ崎では、相手がどんな人間か、まともかどうかを顔つきや目で判断するより他ないだろう。ずっと人を顔で判断してきたおっちゃんに、名前も肩書も明かしていない素の状態で、褒められたことがただただ嬉しかった。私という人間そのものを評価された気がしたのだ。大げさかもしれないが、生きてて良かったと心の底から思った。おっちゃんは私が感激している間にも、語り続けた。

『でもな、ここもそんな住みやすい街ちゃうで。喧嘩もしょっちゅうやしな、覚せい剤使ってるやつもおる。まともな奴は3割くらいちゃうか。わしはどこで皆が覚せい剤使ってるのか場所を、全部知っとる。もう15年くらいこの街におるんかなぁ。わしももう若くないから週に数日しか働けんから、税金も納められない。社会のお荷物ですわ。でもな、こんな街やけど、前向きに頑張りますわ。

おっちゃん!!!!私も前向きに頑張るよ!!!!」と、私は心の中で叫び、涙が溢れそうになるのを、必死にこらえた。こうして日雇い労働をしているおっちゃんが、人生の紆余曲折を経ても、前向きに頑張るという言葉が最後の最後に出てくることに感動した。それと同時に、日々くよくよ悩んでは人に相談してばかりの自分が恥ずかしくなった。いつしか、おっちゃんが話しかけてくれたことが、物凄く幸運なことのように思えていた。

そして、別れの時

立ち話も長くなり、高橋さんが「なにしてんの。迷惑やから早くこっちにきーって!」と言うほど待たせていたこともあって、そろそろ話を切り上げなければならない雰囲気になっていた。おっちゃんの人生をお裾分けしてくれたことに感動していた私は、なんとか感謝の気持ちを伝えられないかと思っていた。もし彼に出会わなければ、今回の釜ヶ崎に来た経験は薄っぺらいものになっていただろう。おっちゃんのお蔭で、釜ヶ崎に来てる人は、一人一人人生のドラマがあって、若い頃も順風満帆な頃もあったのだと気づかせてくれたことへの感謝の気持ちで一杯だった。少し考えた後、私は「今日は色々なお話を聞かせてくれて、ありがとうございました。」と言って、手を差し出した。

実は、その時私の財布には1万ちょっとくらいのお金が入っていた。その1万円を手渡して、たまには仕事を休んだり美味しいものを食べてくれと言うこともできた。しかし、それはなんだかしてはいけないことのように思えた。お金ではなく、肌の触れ合いの方が尊いと思ったからだ。

私が手を差し出すと、おっちゃんはなんのためらいもなく手を握りしめてくれた。おっちゃんは、ひどくスムーズに、素直に握手してくれたのだ。私はこの手の差し出し方に、また感動してしまった。この日焼けして、少しこわばった、皮膚の厚い手の感触を、私は一生忘れないようにしようと思った。

おっちゃんは、高橋さんと一緒に笑いながら去り、私たち二人は胸が一杯になりながらずっと手を振った。おっちゃんも、何度も振り返りながら、手を振ってくれた。お互い後ろ髪を引かれるような、別れだった。

再び、天王寺

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写真引用元:あべのハルカス - Wikipedia

初めての釜ヶ崎で、あまりにも濃い時間を過ごした私たちは、半ば放心状態になって天王寺駅へ向かった。そこには、朝と変わらずあべのハルカスが凛々しい顔をして立っていた。このくらいのビルには見慣れているはずなのに、なんだか別世界にきたような錯覚に陥った。全てが綺麗に整って活気があり、若い男女が歩き、みんな周りのことなど気にせず颯爽と歩いてゆく。高級ブティックは、見ているだけで香水の香りが漂ってきそうだった。まるで、社会という名の高層ビルを、一階から最上階まで一気にエレベーターで上がった気分だった。そのあまりのギャップに、言いようのない気持ち悪さと、違和感しか感じなかった。

そして、どうやらM君も同じ違和感を感じていたようだった。私たちはこの違和感と向き合うために、あべのハルカスの一階の高級ブティック群を通り抜け、4階にあるあまり人の入っていない落ち着いた雰囲気のカフェに入った。二人で端っこのテーブルに座り、そこそこの値段のする紅茶とチーズケーキのセットを頼み、しばらく無言で自分たちが感じている違和感と向き合った。「この違和感を、大切にしよう。」そう二人で決めて、少し違和感に慣れた頃、私たちは別々に帰路についた。帰り道で、おっちゃんの「前向きに、頑張りますわ。」という一言が何度も蘇った。とても空が高く感じた日だった。