釜ヶ崎と女子大生。

釜ヶ崎と女子大生。

現役女子大学院生が、大阪西成区にあるディープな街「釜ヶ崎」で見聞きしたこと、感じたことを書いてゆきます。

#5. 釜ヶ崎とヤクザ

関西で最もディープな街と呼ばれる釜ヶ崎釜ヶ崎と一口に言っても、そこで生活している人は様々だ。日雇い労働者のおっちゃんもいれば、もちろん子どももいる。そして、最もディープな職業の一つに就いている人もいる。今回は、そんな人たちについて書いてみようと思う。

釜ヶ崎の道で

まだまだ釜ヶ崎に通い始めたばかりの頃、私は土地勘を掴もうと、商店街だけではなく少しはずれた道を歩くこともあった。釜ヶ崎は古い家屋が多く密集していて、さらに路地が入り組んでいるので初心者にとっては迷路のように感じられるだろう。

その日はアーケードが連なる商店街ではなく、昔ながらの小さなお店や民家が続く少し開けた通りを歩いていた。うだるような暑さで、路上に人はあまりいなかった。

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しばらく歩くと、左手に白く背の高い3階立ての建物が見えてきた。この界隈はほとんど2階立ての古い商店ばかりなので、「こんな背の高い建物なんて珍しいな・・・・地価が安いから、誰かお金持ちが豪邸でも立てたのかな?」と目を引く建物だった。

建物は、1階は駐車場になっていて車が何台か停まっていた。2階以上が居住スペースのようだが、2階の窓が開いていた。ふと窓を見上げると、

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「虎がいる!!!!!」

あまりの驚きに飛び上がりそうになった。無論、本物の虎がいたわけではない。人間のことを直観的に虎だと認識したのだ。あまりに迫力のある御仁が、窓から上半身を出して、遠くを眺めていた。40~50代だろうか、恰幅の良さと積み重ねた年齢が、その穏やかな表情とは裏腹に、独特の雰囲気を醸し出していた。

あまりの迫力に、私は一瞬硬直した後、ゆっくりと回れ右をした。虎の眼下を、さらによく見れば何台もの防犯カメラが見張る建物の前を、一人で通る勇気が湧かなかった。辛うじて表札だけでも見ておこうと玄関に目をやると、非常に大きな金色の文字で、『』とだけ書かれていた・・・。

後日、「東さん」という虎的な住民の方と、この異様な建物について地域について詳しい知人に聞いてみた。そうすると、『ああ、あれは「二代目東組」(あずまぐみ)っていうヤクザの本部やで』と言われた。東って、苗字じゃなかったのか!!と驚くとともに、あの防犯カメラつきの背の高い建物にも納得がいった。

ヤクザとドキュメンタリー

後日、東京に行く機会があった私は、上記の話を親友に話してみた。そうすると、自信ありげに「『ヤクザと憲法』必見やで。」と言われた。親友はドキュメンタリー映画オタクなのだが、彼が必見と推すので観ることにした。

この『ヤクザと憲法』という映画は、東海テレビが制作したドキュメンタリー番組(2015年3月に放送)を映画化したものだ。東海テレビは愛知・岐阜・三重の東海三県を股にかけるテレビ局なのだが、実は良質なドキュメンタリー番組を作ることで有名で、これまでも親友に誘われて何作か観ていた。

ちょうどポレポレ東中野という地下にある映画館で、東海テレビの特集をしていたので行ってみることにした。

今回観た映画のポスターがこちら。

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おお・・・すごい迫力だ・・・。念の為断っておくと、これはドキュメンタリー映画なので、出てくるのは全員本物のヤクザ。(ちなみにポスターの中心は、俳優ではなく組長だ。男前ですね。)

そうこうしているうちに、上映がスタート。映画はとあるヤクザの事務所にカメラが潜入するところから始まる。本物のヤクザの事務所にテレビカメラが入るなんて、東海テレビ凄いな!と感心していると、ナレーション曰く今回潜入したヤクザは「二代目東組」というらしい。

・・・あれ???

そうなのだ。私が路上で遭遇したヤクザの事務所が、ドキュメンタリー映画の舞台になっていたのだ。もちろん、私が歩いた路地や建物ががっつり登場していた。あの時釜ヶ崎で出会った組の映画を観ることになるとは、本当に思ってもみなかった。私のテンションが果てしなく上がったことは言うまでも無い。

ヤクザと憲法

二代目東組に潜入した『ヤクザと憲法』だが、この映画のテーマを一言で言うと「ヤクザに人権はあるのか?」という問題だ。(以下、少しネタバレになります。映画を先に観たい方はストップしてください。)

時は遡ること、20年以上前。平成3年に暴力団対策法が制定された。この法律で、「指定暴力団」に指定されたヤクザは「暴力団員を社会から排除しよう!」という大号令の元、様々な社会的制限を受けることになる。(なお、現在は全国で「指定暴力団」は22団体ある。)その制限とは、例えば

・銀行口座が開設できない。

・各種保険に入れない。

・ローンが組めない。

というものが挙げられる。本当に多くの企業が結託して制限をしているのだ。

例えば、ヤクザの方が口座開設のために契約書にサインすると、実は「私は暴力団関係者ではありません」という文言が小さな文字で含まれていて、詐欺にあたるとして検挙されるのだ。この方法で、今まで数多くのヤクザが検挙されてきた。

ここで、憲法第十四条が問題になる。憲法第十四条を見てみよう。

  1. すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

どうだろうか。ヤクザという社会的身分によって、社会的な差別を受けていないと言えるだろうか?すべて国民は法の下に平等に扱われているだろうか?だからこそ、映画のポスターにある『これな、わしら人権ないんとちゃう?』という二代目東組の方の言葉が重く響く。

映画を観終わった後、大阪行きの新幹線に乗った。ぼんやりと窓の外を眺めながら、社会システムから外れた人々のセーフティーネットであるヤクザは、果たして社会システムの根幹を支える憲法に守られるべき存在なのだろうか・・・と考え込んだ。一体何が悪で、何が正義なのだろうか。新幹線が駅のホームから発車して加速していくように、私にはだんだん分からなくなっていった。

 

もしこの映画に興味を持った方は、こちらのリンクを見てもらいたい。

作品情報 | 映画『ヤクザと憲法』公式サイト

www.youtube.com

また、残念ながら映画館での上映は終わってしまっているので、関連動画として、ずっと以前に二代目東組にカメラが入った動画がyoutubeにあったので載せておく(現組長が、副組長だった頃の動画です)。二代目東組の雰囲気が伝わると思う。

www.youtube.com

次回の更新も、お楽しみに。

#4. 釜ヶ崎との出会い②

前の記事(#3. 釜ヶ崎との出会い①)の続き。

卒業を目前に控えた大学生M君と初めて釜ヶ崎に行った私は、公園の炊き出しの様子を見た後に、帰路につこうと商店街を歩いていた。

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そうすると、突然右斜め後ろから声をかけられた。

「Youは中国人?Youは何しに日本へ??」

・・・・・え??

振り返るとそこには、べろんべろんに酔っぱらった60代くらいのおっちゃんが一人で立っていた。お昼前だったが、頬は赤くなっていて、ご機嫌の様子だ。

最初M君に話しかけたのかと思ったが、どうやら私に話しかけたようだった。「いえ、違いますよ。」と普通に返そうかとも思ったが、ここは大阪。ノリよく行かねばならない!という謎の責任感から、「Meはね、新潟県民だよ~!!」と返した。個人的には会心のレスポンスだったのだが、おっちゃんは驚いて一瞬固まっていた。

私のナイスな返答を気に入ってくれたのか、ただ単に話し相手が欲しかったのかは分からないが、おっちゃんは話そうと思ってくれたようだった。しかし何気ないやり取りも束の間、おっちゃんは猛烈に語り出した。

突然、語り始めたおっちゃん

おっちゃん『あんたらな、ここを犯罪者の街だと思って来たかもしれん。でもな、俺みたいに頑張って働いて食べている人間もいるって分かってくれ。夜勤明けで、これから寝るんや。だから寝る前に飲んでこんなに酔ってるんや、ごめんな。』

私「夜勤明けって、どこかでお勤めなんですか?」

『お勤めって、そんな風に言えたもんじゃない。土方や。ここから数駅離れたところの、工事現場だ。ほんでな、工事が終わって電車に乗って帰るとな、皆汚い恰好のわしらを嫌そうに見るんや。でも、仕方が無いんや、他に方法が無いんや。』

おっちゃんは、切実に、私たち二人に訴えかけてきた。今思えば、私の無知さゆえに、なんて失礼で子どもじみた質問しかできなかったんだろうと悔やまれる。しかしおっちゃんは、目に涙を溜めながら、やりきれなさ、辛さ、苦悩に満ちた人生を語り出した。

『こんな俺でもな、昔は自衛隊でそこそこのところまでいったんや。女房も子どももいてな、でも愛想つかされて出て行かれた。女房は子どもを連れて、実家のある鹿児島に帰った。わしももう少ししたら、自衛隊から金が出る。そうしたら、その金で鹿児島に帰りたいなぁ。鹿児島にいる兄弟と子どもに会いたいなぁ・・・。お嬢さん、あんたどことなくわしの子どもに面影が似てるな。あぁ、あんた綺麗な目をしてるなぁ、素敵な方やなぁ。』

そう言うと、急に近くを歩いている知り合いと思われる人を呼び止めて

『おい、高橋さん。見てくれ、この人の目を。素敵な方だぞ。』

高橋さん、と呼ばれた男性は笑って手を振り、近づいてこようとはしなかった。彼はその後10メートル以上は離れたところで、この立ち話が終わるのを待っていた。(M君はこの距離のとり方が、印象的だったらしい。)高橋さんは、おそらく一緒に飲もうと集合した友人だったのだろう。

このとき、私はおっちゃんに目を褒められて、感激で体がぶわーーーっと熱くなるのを感じた。ここ釜ヶ崎では、相手がどんな人間か、まともかどうかを顔つきや目で判断するより他ないだろう。ずっと人を顔で判断してきたおっちゃんに、名前も肩書も明かしていない素の状態で、褒められたことがただただ嬉しかった。私という人間そのものを評価された気がしたのだ。大げさかもしれないが、生きてて良かったと心の底から思った。おっちゃんは私が感激している間にも、語り続けた。

『でもな、ここもそんな住みやすい街ちゃうで。喧嘩もしょっちゅうやしな、覚せい剤使ってるやつもおる。まともな奴は3割くらいちゃうか。わしはどこで皆が覚せい剤使ってるのか場所を、全部知っとる。もう15年くらいこの街におるんかなぁ。わしももう若くないから週に数日しか働けんから、税金も納められない。社会のお荷物ですわ。でもな、こんな街やけど、前向きに頑張りますわ。

おっちゃん!!!!私も前向きに頑張るよ!!!!」と、私は心の中で叫び、涙が溢れそうになるのを、必死にこらえた。こうして日雇い労働をしているおっちゃんが、人生の紆余曲折を経ても、前向きに頑張るという言葉が最後の最後に出てくることに感動した。それと同時に、日々くよくよ悩んでは人に相談してばかりの自分が恥ずかしくなった。いつしか、おっちゃんが話しかけてくれたことが、物凄く幸運なことのように思えていた。

そして、別れの時

立ち話も長くなり、高橋さんが「なにしてんの。迷惑やから早くこっちにきーって!」と言うほど待たせていたこともあって、そろそろ話を切り上げなければならない雰囲気になっていた。おっちゃんの人生をお裾分けしてくれたことに感動していた私は、なんとか感謝の気持ちを伝えられないかと思っていた。もし彼に出会わなければ、今回の釜ヶ崎に来た経験は薄っぺらいものになっていただろう。おっちゃんのお蔭で、釜ヶ崎に来てる人は、一人一人人生のドラマがあって、若い頃も順風満帆な頃もあったのだと気づかせてくれたことへの感謝の気持ちで一杯だった。少し考えた後、私は「今日は色々なお話を聞かせてくれて、ありがとうございました。」と言って、手を差し出した。

実は、その時私の財布には1万ちょっとくらいのお金が入っていた。その1万円を手渡して、たまには仕事を休んだり美味しいものを食べてくれと言うこともできた。しかし、それはなんだかしてはいけないことのように思えた。お金ではなく、肌の触れ合いの方が尊いと思ったからだ。

私が手を差し出すと、おっちゃんはなんのためらいもなく手を握りしめてくれた。おっちゃんは、ひどくスムーズに、素直に握手してくれたのだ。私はこの手の差し出し方に、また感動してしまった。この日焼けして、少しこわばった、皮膚の厚い手の感触を、私は一生忘れないようにしようと思った。

おっちゃんは、高橋さんと一緒に笑いながら去り、私たち二人は胸が一杯になりながらずっと手を振った。おっちゃんも、何度も振り返りながら、手を振ってくれた。お互い後ろ髪を引かれるような、別れだった。

再び、天王寺

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写真引用元:あべのハルカス - Wikipedia

初めての釜ヶ崎で、あまりにも濃い時間を過ごした私たちは、半ば放心状態になって天王寺駅へ向かった。そこには、朝と変わらずあべのハルカスが凛々しい顔をして立っていた。このくらいのビルには見慣れているはずなのに、なんだか別世界にきたような錯覚に陥った。全てが綺麗に整って活気があり、若い男女が歩き、みんな周りのことなど気にせず颯爽と歩いてゆく。高級ブティックは、見ているだけで香水の香りが漂ってきそうだった。まるで、社会という名の高層ビルを、一階から最上階まで一気にエレベーターで上がった気分だった。そのあまりのギャップに、言いようのない気持ち悪さと、違和感しか感じなかった。

そして、どうやらM君も同じ違和感を感じていたようだった。私たちはこの違和感と向き合うために、あべのハルカスの一階の高級ブティック群を通り抜け、4階にあるあまり人の入っていない落ち着いた雰囲気のカフェに入った。二人で端っこのテーブルに座り、そこそこの値段のする紅茶とチーズケーキのセットを頼み、しばらく無言で自分たちが感じている違和感と向き合った。「この違和感を、大切にしよう。」そう二人で決めて、少し違和感に慣れた頃、私たちは別々に帰路についた。帰り道で、おっちゃんの「前向きに、頑張りますわ。」という一言が何度も蘇った。とても空が高く感じた日だった。