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釜ヶ崎と女子大生。

現役女子大学院生が、大阪西成区にあるディープな街「釜ヶ崎」で見聞きしたこと、感じたことを書いてゆきます。

#6. 飛田新地の路上で宴会をした話

クリスマスを終え、すっかり世間は正月へと方向転換をしている。しかし私は相変わらず、夏にあった釜ヶ崎での忘れられない出来事について書いてゆこうと思う。

最初の記事(#1 女子大学院生、大阪・釜ヶ崎へ行く。 - 釜ヶ崎と女子大生。)でも書いたが、普段の釜ヶ崎は本当におっちゃんが多い。私が釜ヶ崎に行くのは昼間なので、子どもが保育園でキャーキャー言っている声は聞こえても(釜ヶ崎にも保育園はあります。)、なかなか路上で遭遇することは無い。そして地域の住民も日中は仕事をしているので、同じく接する機会が少ない。

地域の方と関わってみたいな~と思っていると、釜ヶ崎に詳しいH氏という知人から『もうすぐ地蔵盆があるから、一緒に周ろう。地域がオープンになる機会だよ。』というお誘いがあった。

夏の風物詩、地蔵盆

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写真注:(上記の写真は、釜ヶ崎地蔵盆の一つで撮った渾身の一枚だ!)

誘って頂いたのは嬉しいけれど、『地蔵盆ってなんだ??』というのが最初の印象だった。地蔵盆とは、関西(特に京都と大阪)に残る風習で、町にある地蔵の前でテントを張り、子どもにお菓子を配ったり、その地蔵近くに住む地域住民が宴会をしたりするお祭りらしい。要するに、普段はひっそりと町を見守るお地蔵様に、年に一度スポットライトが当たるという心温まる日なのだ。ちなみに地蔵の前にテントを張るので、道幅の狭い場所だと一日中車は通行止めになる。なんて大掛かりなんだ・・・・。そして、純生100%の新潟県民である私が地蔵盆を知らなかったのも納得がいった。

釜ヶ崎地蔵盆

8月下旬の当日、「やっと地域住民と関われるぞ!」と意気揚々と釜ヶ崎へ向かった。しかも、今回一緒に地蔵盆を周るH氏は、何年も釜ヶ崎に通って書籍も執筆する程精通した人物だ。さらに、地域支援をしているU氏を交えた3人で、地蔵盆巡りがスタートした。

釜ヶ崎およびその周辺地域では、複数の地蔵盆が同一の日程で開催される。なので至るところで地蔵盆が開催されており、子どもたちは歩いて地蔵の場所を巡り、それぞれの場所でお菓子などを貰うのだ。お地蔵様の前に立てられたテントには、子どもの名前を書いた提灯が飾られ、お菓子を段ボール箱に何箱も用意されている。我々3人は自転車で素早く周りつつ、釜ヶ崎内外の地域の地蔵盆の様子を見ていった。

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子どもと保護者はある程度固まって動くので、複数のチームがバッティングすると上の写真のようになる。凄まじい人の群れだ。「いい年したお姉さんが突っ立ってると邪魔だよね、ごめんね・・・・。」と心の中でちびっ子たちに謝りつつ、様子を見守った。奥のテントでは各町内が準備した大量のお菓子が子どもたちを待ち構えている。そこへ歳末バーゲンを思わせる勢いで子どもたちが押し寄せ、お菓子という戦利品を片手に、嬉しそうな顔をして親の元へと戻ってゆく。可愛いな~と思って眺めていると、ふと私の隣でさらに100倍くらい嬉しそうに目を細めて見守るおじいちゃんがいた。やっぱりお年寄りが子どもを可愛いと思うのは、古今東西変わらないようだ。

年に一度綺麗に飾られたお地蔵様のすぐ傍で、地域の大人がお菓子を用意して待っている。そこに、子どもが道路の向こう側から我先にと駆けてくる。「おお、来たぞ来たぞ。」と腰を上げるおじいちゃん、「まずは、お地蔵様にお参りしてね。」と子どもに教えるおばさん、段ボール箱からお菓子を取り出すおばあちゃん。子どもがお菓子を受け取る頃、保護者は少し後から追い付いて、地域の方に御礼を言う。そうして彼らは次の地蔵様へと向かう・・・・そんな光景を、この日何度も目にした。地蔵盆は、地域の人々が世代を超えて繋がれる、本当に貴重な機会なのだと悟った。

お地蔵様はいくつあるのか?

それにしても、子どもが持つお菓子の量が本当に多い。子どもも保護者も沢山抱えて帰ってゆくのを見ると、多分最終的には数か月分のお菓子を貰うのではないだろうかと思う。一体どれほどのお地蔵様がここにはあるのだろうか?

一緒に周っていた知人H氏から、後日『西成区お地蔵さん名鑑』なるデータを貰った。(pdfリンク:http://www.kamamat.org/nisinari-ku/jizousan/chiiki-betu/pdf/meikan-zen.pdf西成区地蔵盆研究会(そんな研究会があるのか・・・)が調べたところ、西成区で160箇所以上、釜ヶ崎周辺で約30箇所もお地蔵様がある。勿論地蔵盆が行われないお地蔵様もあるとは思うが、これだけ多くのお地蔵様があるなら、子ども達が次のお地蔵様へと急ぐ気持ちもよく分かるし、貰うお菓子の量にも納得だ。

路上で気づいた衝撃的なこと

上記でも分かるように、普段はあまり人の気配が無い路地でも、地蔵盆の時ばかりは人で溢れ返る。どうやらこの大量の子どもたちは、隣の阿倍野区からも来ているそうだ。人の出所に納得しつつ、人のごった返す部分から抜け出して、そろそろ違う所へ向かおうかと移動していると、あることに気づいた。前回の記事(#5. 釜ヶ崎とヤクザ - 釜ヶ崎と女子大生。)で取り上げた、東組の一階の駐車場スペースが開放されている!!!!!

地蔵盆を自転車で巡る方も多いので、事務所近くにある地蔵を訪れた人のために、事務所の駐車場を、その日だけは駐輪場所としてオープンにしていたのだ。こんなに地域に対してフレンドリーなんて・・・とヤクザの方の思いがけない一面に感心してしまった。しかし、そのホスピタリティの一端と受け止めるべきなのか、事務所の2階の窓からは虎的な存在感を放つ御仁が、3人も窓から下の様子を眺めていた。「もうこれさえもお約束の展開なのか・・・」と思いつつ、今回も東組近所の写真を撮るのは諦め、次の場所へ向かった。

飛田の地蔵盆

もう地蔵盆も終盤の夕暮れに、我々が最後に向かったのは飛田新地だった。ここ飛田にも、地蔵盆があるそうなのだ。半信半疑で向かうと、飛田新地の隅の方に、確かにお地蔵様と子どもたちがいた。

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写真引用元:Wikipedia

 断っておくと、たとえ地蔵盆であっても、上記のようなお店が並ぶ道を女性が通ることはできない。もし飛田新地のど真ん中だったら、私は地蔵盆に近づけ無かっただろう。お地蔵様が飛田の端で良かった・・・と感謝しつつ、子どもたちがお菓子を受け取る様子を眺めていた。すぐ横の駐車場では、地域の方が宴会を始めていた。そう、飛田にも地域住民はいるのだ。飛田地域の一部が、「飛田新地」と呼ばれる場所で、さらに言ってしまえば、山王三丁目が通称飛田と呼ばれており、地図上に飛田という地名は無い。釜ヶ崎」という言葉も含め、通称の方が知名度が高いという不思議な街だなぁ、としみじみ思う。

飛田にはお店だけではない、近くに商店街もあるし、普通の家や地域住民がいるのだ、という至極当たり前なことに驚いていたら、さらに驚くべき展開が待っていた。一緒に周っていたU氏が、ふいに地域の方からあんたらも一緒に食べてきや!!と声をかけられたのだ。どうもU氏の知人らしく、活動を通じて以前から関わっていたようだ。おお、まさかの超展開・・・としどろもどろしていると、席に座るよう促され、食べ物やら飲み物やらをどんどん渡された。

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テーブルが何台も出され、卓上には何品もお手製の料理が並んでいた。そうめんや、煮物や、ちらし寿司・・・・どれも本当に美味しく、何より有難かった。まさか宴会に参加させて貰えるなんて。話しかけてくれるおばちゃんは、いかにも大阪風な方でとても清々しい気持ちになった。申し訳ないという気持ちを少し抱きつつも、ただただ感謝の気持ちで溢れる時間だった。

すぐ傍には、私と同年代の若い夫婦と、幼稚園児くらいの小さな子どもが家族で座っていて、少しお話させて貰った。里帰り中とのことだったが、礼儀正しく、優しく接してくれた。ちょっと先入観を持っていた自分が恥ずかしくなるくらい、どこの街にも暮らしていそうな、幸せそうな家族だった。今でも彼らの幸せを願ってやまない。

そうは言うものの、ここは飛田新地。夜ともなればすぐ近くの店は開店し、多くの男性客で賑わう。当然ながら、行き交う男性客に物凄く見られた。そりゃ、飛田の路上で宴会してたら驚くよね・・・・。どうしても記念にと、一瞬テーブルを離れて全体の写真を撮ってみた。

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 もう、写真はブレッブレだ。ここは飛田新地、そう何度も路上でカメラを向けるわけにはいかない。一度しか撮れないという緊張と酔いとで、写真はピントがずれまくっている上に、右下には私の指まで写り込んでいる。写真としての出来は悪いかもしれないが、個人的には、当初の「地域の方と関わりたいな。」という想いが叶った瞬間を収めた大切な一枚なのだ。

また席に戻った私は、談笑しつつ食事を楽しみ、しばらくしてから帰路についた。人生でそう何度も巡り会わないであろう光景の数々に胸がいっぱいになりながら、私の地蔵盆巡りは終了した。

最後に

以上が今年の地蔵盆巡りについての記録だが、最後に強調しておきたいのは、地蔵盆の時なら誰でも宴会に参加できると考えないで欲しいということだ。

あくまで今回はU氏やH氏という釜ヶ崎地域で活動している方と同行し、私も日常的に釜ヶ崎に通っている学生だと理解して貰えたから、上記の宴会に参加することができた。確かに地蔵盆は比較的地域がオープンにはなるものの、全く見知らぬ外部者が宴会に勝手に入ることは控えてもらいたい。何より釜ヶ崎と言えど、そこにいるのは一般市民の方だからだ。

もしどうしても参加したい方は、定期的に通って、この釜ヶ崎という町や人を知り、信頼関係を構築してから行ってもらいたい。これは私からの本当に切実なお願いだ。